リアに空冷のフラット4エンジンを搭載し、丈夫なプラットフォーム・シャシーをその骨格としていたVWビートルは戦時中のタイプ82がそうであったように、ボディを比較的自由なデザインにすることが可能であった。1949年にVW社社長のハインリッヒ・ノルトフが提唱したカブリオレ・プロジェクトも、VWのそのような利点を活かしたものだといえる。1949年3月に開催されたジュネーブ・オート・ショーで発売されたへブミューラー・カブリオレ。シャシーとエンジンについては、同時期のリムジーネ(エクスポート・モデル)と同様だが、ボディは主要パーツを流用しながらも完全なハンドメイドで、2シーターの美しいフォルムを特徴とするモデル。生産はジュネーブ・ショーから3ヵ月後にスターとしているが、その1ヵ月後の1949年7月23日に、へブミューラー社の塗装部門が火災に遭い、生産能力が著しく低下してしまったことは大きな痛手であった。後にカルマン社が生産を引き継いだものの、市場性を逸してしまっており、1953年2月で生産は中止になった。
現在、VWへブミューラー・カブリオレの現存台数は、世界的なレジストレーションによると約100台だとされている。総生産台数の約7分の1が現存していることになる。 |